本日、たまたま空いた時間に勉強中、初めて耳にしたこの病名に、ハッとしました。
月刊スポーツメディスン152号の胸郭出口症候群の特集を読んでいたら出てきました。
この概念を提唱されているのは、筑波大学の馬見塚尚孝という先生です。
早速、帰宅してからネット検索して、さらに10倍ハッとしました。
この概念は、非常に興味深く、近年、注目されてきた同じく脊椎脊髄領域の疾患概念である「脳脊髄液減少症」以上にインパクトのある疾患概念だと思いました。
一言でいうと、「あると思います(古)」です。
先生にはお断りしていませんがが、その詳細について記させていただこうと考えています。
脊髄脊椎不適合症候群とは、脊髄やそれを包む硬膜管の長さよりも脊椎(脊柱管)の全長が長いと、脊髄(硬膜管)と脊柱管の不適合が起こり、それによって、脊髄や神経根が張力を受けて生じる様々な病態を総称したものです。
この病態の基本概念は、脊髄と神経根の緊張です。
その緊張は、さらに脳幹にまで及び、そこに存在する脳神経核に血行不良や炎症を生じさせ、様々な不定愁訴を生じさせる。
この概念は、今のところ、脊椎外科学会などで認められているものではありません。
しかし、この概念のような病態は、実際に生じていても全くおかしくはないと、私(院長)は考えます。
この概念を提唱されている馬見塚尚孝先生も、ご自身の臨床研究の積み重ねから、間違いなく存在していると自信を持っておられます。
私も、何となくではありましたが、このようなことがあるのではないか?
でなければ、この人のこの症状の説明がつかない、と、漠然とではありましたが、考えていた概念でしたので、こんなにもはっきりと提唱されている先生がいらっしゃるのは、非常に心強いと感じます。
人間の心身はまさに不可分なものである、という考え方は、東洋医学の伝統的な概念の基本でありますが、私は、どちらかというと、心から体に影響する方向よりも、体から心に影響する方向の方が、興味があります。
もちろん、心が原因で体に影響することは、当然ある、と考えていますが、何でもかんでもストレスのせい、と考えるのもまた、身体を診る専門家としては、単純すぎるところがあると考えていて、つらい症状がある時、そこには、必ず解剖学的原因も存在しているのではないか?という考えは拭えきれません。
ただそれを証明するだけの材料を提示する技術が存在しないだけで、心の不調にも、何か身体の隠れた異常が存在しているのではないか?と、考えるタイプの人間なのです。
この考え方の根底には、「幸福論」のアランの考え方の影響があると思います。
彼は、気分や感情というものを、自分自身でコントロールすることの大切さを、終始説いた人物ですが、心の不調がある時、まずは、体の不調を疑え、という考え方の持ち主でありました。
心と切り離された体、というものは存在しないし、また、体と切り離された心、というものも、また存在しない、ということなのでしょう。